2013年12月23日

永遠の0

海斗の独り言
「永遠の0」
公開初日にそれも朝一に観た
あの小説を2時間にまとめるのは
ムリがあり過ぎ
内容はこれから観る人も
いるだろうから言うのはやめよう



戦争の経験のないオレ達にとっては
零戦乗りはかっこいいと映ってしまいかねない
戦争は殺し合いだからそんなふうに思ってはいけない

かっこいいのは岡田君が演じていて
あの時代に於いて絶対死なないで
生きて帰ると口にした「宮部久蔵」の生き様

最初にタイトルを見た時
なんで「永遠の0(ゼロ)」なんだろうと思った
「永遠の零」なんじゃないの?
戦時中に0(ゼロ)なんて英語を使っていいはずがない!
現に、当時は零(れい)戦と読んでたはずだ
でもね観て解ったよ

劇中で主人公の「宮部久蔵」が妻に言っています
「片腕がなくなっても
 片足がなくなっても 
  死んでも必ず帰ってきます」
「宮部久蔵」には妻と産まれたばかりの娘がいたんです

だから生きることに拘ったんです
タイトルの「永遠の0(ゼロ)」は
ゼロと読んではいけない!
ラブ(愛)と解釈して欲しい!

テニスで0のことをラブと言います
みんな知ってるか!

ラブはフランス語で「ロェフ」=「卵」が
なまって「ロェフ」⇒「ラブ」になったとか
0は卵の形に似てるから
またオランダ語で「名誉」を意味する
「ロフ」が『ラブ』に変化したという説があります
中世ヨーロッパでは、テニスなどのゲームを見ながら
賭け事をしていた
そんなとき、現金の代わりに「名誉をかける」
と言うこともあったようで名誉はお金と違って
“目にみえない”“形がない”そこで
“何もない”という意味で「0」につながったという説です

“目にみえない”“形がない”それは「愛」も同じ!

とタイトルだけでもかなり深い「永遠の愛」の物語

海斗の深読みかもしれません・・・

多分、この「宮部久蔵」のモデルになっている
人物は「坂井三郎」と言う零戦の名手だと思われる
と勝手に海斗は思っている

「坂井三郎」は実在の人物で「大空のサムライ」
の著者でもある
この本は世界各国でベストセラーになった自伝なのだ
男なら読んでみる価値あり!間違いない!

今日本は産業の空洞化にあってサラリーマンは
海外にどんどん単身赴任で出稼ぎに行く時代
いつ自分の番に回ってくるかビクビクして
いる人も少なくないはず

形は違えど、全然重さは違うけど
愛する家族を置いて海外へ行くって
戦争に似てるような

酷評する人もいるだろうけど
決して戦争を美化するような映画では
ないし、あの時代に於いて、あの生き方を
貫いた「宮部久蔵」と言う男に感動してしまう

最後なんか涙でスクリーンが見えなくなって
鼻水ダラダラですよ

戦争がどうこう言うつもりはないけど
男の生き様として感動しますよ

自分には出来ないからなんだろうな・・・



posted by カイト at 18:45| 東京 ☁| Comment(7) | TrackBack(0) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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